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研究分野の紹介
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学部3回生前半くらいまでの人向け
確率論を専門にしています.高校で学ぶ数学の確率といえば有限試行を考えて「〜となる確率を求めよ」という問題が典型的で,結局「〜となるのか,ならないのか」にはっきり白黒がつかず,数学の他の分野とは異質な感じを持つかも知れません.現代数学における確率論の一つの特徴は無限試行を主に考えることです.実は無限試行に対しては,さまざまな仮定の下で0-1法則と呼ばれるものが成り立って,多くの事象の確率は0か1であることが証明できます.これは微視的にはランダムな現象でも数多く集まると決定論的な(=白黒のはっきりつく)法則が現れることの数学的な表現であり,そのような現象を厳密に裏付ける理論として,確率論は現代数学の一分野となっています.この裏付けには3回生くらいで学ぶLebesgue(ルベーグ)による測度と積分の理論が本質的に使われます.従って現代確率論を学ぶにはLebesgue積分の理解が必要不可欠です.とくに初等確率論における組み合わせ論的・パズル的な問題解決が得意だったり好きだったというだけでは,現代数学としての確率論への適正は測れないということに注意してください.もちろん測度と積分の理論を理解して現代的な確率論を習得した上で具体的な問題を研究する際には,組み合わせ論的な議論を遂行する能力は大いに役立つ場面があります.
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卒研配属や大学院での研究室選択を考えている人向け(主に筑波大の学生向け)
確率論の中でも「ランダム媒質の問題」と呼ばれる分野にとくに興味を持っています.現実世界に存在する物質は多かれ少なかれ不純物を含んでいるので,そこで起きる現象のモデル化にあたってはその影響を考慮することが必要です.不純物の影響は巨視的には平均化されて消えてしまう場合もありますが,一方でわずかな不純物が物性を大きく変えるような現象もあります.これらの状況を,不純物の配置がランダムであると仮定して立てたモデルに基づいて解析する方向の研究を主に行っています.卒業研究では測度論に基づく確率論を主に学ぶことになりますが,希望があれば少しは上のような問題に触れることもできると思います.大学院のセミナーではランダム媒質の問題に関する文献を読むか,その研究において頻繁に使われる「大偏差原理」や「測度の集中」などについて学ぶことになります.
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研究内容に関する注意
上のような研究内容の説明を読んで「物理の研究をしているのですか?」などと聞かれることがありますが,そうではありません.数学として研究がされているランダム媒質のモデルは,現実世界の近似としてはあまりにも単純化されたモデルで,たとえそれが完全に解けたとしてもすぐに工学的な応用ができるというようなものではありません.あくまで物理(や生物など)に由来するモデルを研究することによって,ランダムな現象に対する数学的理解を深めるのが研究の目的です.とくに卒研や大学院で私を指導教員として選ぶのに,物理の知識を持っていることは必要でもないし,研究においても直接にはそれほど有利になるとは言えないと思います(役立てる方法はあると思いますが).
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他大学から筑波大の大学院受験を考えている人のために
他大学から私を希望する指導教員として筑波大の大学院を受験しようとして連絡してくる方の中には,学部では確率論を専門にしていない方や,数学科出身ではない方が少なからずおられます.そういうことを理由に受け入れを拒否するなどということはもちろんありませんが,数学の大学院で確率論の研究をするということについて,私とかなり違った認識を持っている方が多いので,基本事項のチェックリストを挙げておきます:
- 無限試行を考えるとは無限直積空間上に測度を構成することであることがわかる.
- 無限直積空間の自然な可算加法族は有限個の座標の射影という乗法族から生成されるものであることを知っている.
- 大数の強法則(概収束)と弱法則(確率収束)の違いが説明できる.
- 中心極限定理の主張の「正規分布に収束する」の収束の定義が正確に説明できる.
- 条件付き期待値と言えばRadon--Nikodym導関数のこと,あるいはHilbert空間における部分空間への直交射影のことであることを知っている.
これらがわかるからと言って大学院で確率論の研究ができるとは言いませんが,もし一つでもわからないことがあるなら,大学院に入学してから学部の卒業研究で学ぶようなことをやり直すことになります.したがって,端的に言って他人の2倍努力することが要求されることは覚悟してください.
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博士課程進学や研究者の道を目指す人向け
博士課程に進学して研究者の道を目指す人は,ある程度早い段階から生存戦略を考えなくてはいけません.そのための情報を少し書いておきます.私自身は不純物の影響で(安易な)直観に反する現象が起きる場合をとくに面白いと感じますが,そういう研究結果を出すのはなかなか難しいというのが実情です.実際には「自然に見えるが,証明するのは意外に難しい」程度のことをやっていることがほとんどです.またあまり一貫した方向性を持って研究を進めるタイプではないので,ある特定の理論を他の誰よりも深く理解して,それをさらに深めたり応用したりという研究はしていません.従ってそういう正統的な研究をしたい人とは相性が悪い可能性があります.もう一つ,基本的に物事を理解するのが遅い方なので,競争が激しい流行の研究にはついていけず,意図的に距離を置いています.流行の分野は進展が速い分,研究の問題も豊富にあるという利点はあるので,そういう研究室に所属した場合と比べて研究業績が見劣りするという結果になる可能性があります.若いうちから自分で問題を探したり作ったり,また研究に必要なことを必要に応じて手当たり次第に学ぶ経験ができると捉えれば,良い面もあるかもしれませんが,デメリットと感じる人も少なくないと思うので,注意として書いておきます.
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